振動をうつしとる

ウンベルト・ボッチョーニが自ら「解放された作品」と呼んだ《空間における連続性の唯一の形態》(1913年)は、彼の思想の立体的な視覚化に最も成功した作品といわれ、イタリアの20セントコインにも使われている。未来派のマニフェストのなかで、近代の速いリズムに対する過去の彫刻のアナクロニズムを批判したボッチョーニは、当時立体作品に没頭していて、「物理的超絶論のヴィジョンは、物体それぞれの異なる地平を繋ぐ空間に形式的で互恵的な影響関係を生むような共鳴効果や神秘的な親近感を造形作品に与える」と言っている。近代のスピードを捉えようとしたこの100年前のアーティストは、物体を取り囲む空間や空気の振動を確かに認識していたのだ。

中村哲也が追究してきたことも、スピードという空気の振動に形と表層の模様を与える作業だ。その形体の多くはラリーカー、F1、オートバイ、飛行機など速さを競う乗り物を連想させるが、実際に走行機能はない。自動車メーカーが作るコンセプトカーとも違う。機能や顧客満足度を優先する現実の乗り物ではなく、速さの概念のみを造形しているために、その先にある美しさの追究を究極に据えている。しばしば表面にはフレアパターンが施されるが、火焔の彫刻では、敢えて形体と装飾の模様をずらすことで、造形と表層というレイヤーやイメージの二重性を強調した。その後も乗り物を即座に連想させる形体から、火焔の動きや移動の概念だけが抽出され、形が与えられたものまで、多様な試みを通して振動を彫刻にうつしとってきた。

茶道具のコレクションを見せるために私設の美術館まで開いた趣味人の父親の影響もあり、中村は幼少期から美術に触れていた。フェノロサや岡倉天心を読んで芸大を目指し、漆という伝統的な技法を専攻する。それ故に工芸と芸術の違いについても明快な意見を持つ。「工芸は、ものを作れば工芸になるのではなく、作る為の対象となる世界がある。自己表現ではなく、茶道、香道、音楽など芸術的な世界観を高めるためのパーツだ」、「工芸には、作られる対象に愛情が必要だ」と彼はいう。理想的な形体を求め、形を触診しながらの造形行為は中村にとっての至福の時間であり、それはボッチョーニのいう物理的な超絶性を物体に確かに与えている。ウレタンや漆が滑らかな形体と精緻に研磨された下地に施され、最終的には周囲の空間を映しとるような輝きが物体から放たれるが、それはまた、岡本太郎が縄文の火焔型土器などに感じた呪術的、四次元的感覚、あるいは仏像や仏画を厳かに飾る「荘厳(ルビ:しょうごん)」にも通じている。仏像や仏画の背後にある光背、なかでも不動明王の火焔光や迦楼羅焔(ルビ:かるらえん)には、中村の使うフレアパターンとの親和性を見ることができる。人間界の煩悩や欲望を焼き尽くす炎の世界を象徴したそれらの光背が、仏像や仏画から発せられる不可視のエネルギーやバイブレーションを視覚化しているのに対し、宗教的象徴性や実用的機能を持たない中村の立体も、制作するプロセスや行為に伴う作家の手技と研ぎすまされた触覚によって、独自の世界観やエネルギーが物体に充満し、それが輝きとともに周囲に放たれている。その輝きは、ボッチョーニが近代に期待したスピードや移動という新しいエネルギーと、日本人の宗教観や伝統的な空間感覚を繋ぐ不可視の地平を見事に共振させている。

片岡真実(森美術館チーフ・キュレーター)

炎迅